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   <title>世田谷区民レポーター</title>
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   <updated>2010-06-03T02:12:08Z</updated>
   <subtitle>舞台の模様を広く伝える世田谷区民レポーターを募集しました。
よみごたえたっぷりのレポートをどうぞごゆっくりお楽しみください！　　　　　
※上演中の作品についてのレポートがございます。どうぞご了承ください。</subtitle>
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   <title>＜区民レポーター＞「混沌と無秩序」</title>
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   <published>2010-05-28T14:59:03Z</published>
   <updated>2010-06-03T02:12:08Z</updated>
   
   <summary>大橋可也＆ダンサーズ新作公演『春の祭典』　 鑑賞日：5月16日（日）15：00～...</summary>
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      <name>世田谷パブリックシアター</name>
      
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         <category term="2010年05月＿大橋可也＆ダンサーズ公演『春の祭典』（シアタートラム）" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<a href="http://setagaya-pt.jp/theater_info/2010/05/post_182.html">大橋可也＆ダンサーズ新作公演『春の祭典』</a>　

鑑賞日：5月16日（日）15：00～　
女性 

　一見折り目正しいスーツ姿のリーダー。彼は善人か悪人か？彼の意思は、もうひとりの男に引き継がれる。市井の人々の中で男は何を働きかけたのか？目に見えないものの力に扇動された人々に表情はない。そこにあるのは、絶え間なく続く暴力、憎しみ、嫉み、絶望。そこから何が生まれるのか。彼らはそんな状況に甘んじているのか。


<a href="http://setagaya-ac.or.jp/kumin/edited-IMG_8955%20%E6%92%AE%E5%BD%B1%EF%BC%9DGO.jpg"><img alt="edited-IMG_8955%20%E6%92%AE%E5%BD%B1%EF%BC%9DGO.jpg" src="http://setagaya-ac.or.jp/kumin/edited-IMG_8955%20%E6%92%AE%E5%BD%B1%EF%BC%9DGO-thumb.jpg" width="300" height="200" /></a>
　　　　　　　　　　　　　　　撮影＝GO
]]>
      　鍛え抜かれたダンサーたちの肉体から発せられる声なき声。言葉のもたらす力は絶大だが、肉体のもたらす力はどうなのだろう。そこに、彼らの飽くなき挑戦があるように見受けられた。観客は客席から大きなガラスケースを覗いているような気持ちになる。始めはおそるおそる、やがて眼をそらすことが出来なくなってくる。そこで起こっていることは、他人事ではなく、とても身近で誰にでも起こり得ることなのではないのか。もしかしたら、既に自分も巻き込まれているのかもしれない。そう思えてくる頃、暴力は隣人から隣人へと連鎖していく。そして最後の矛先は2人のリーダーに向けられる。

　絶望から生まれたものは何だったのか。決して光ではない。ましてや希望でもない。そこから感じられることは、決してあきらめないということ。生き続けるということ。そして目をそらさないでしっかりと「今」を見るということ。なぜならば、祭典は始まったばかりなのだから。

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   <title>＜区民レポーター＞共犯者めいた気分で開演を待つ</title>
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   <published>2010-05-28T14:52:29Z</published>
   <updated>2010-06-03T02:24:15Z</updated>
   
   <summary>大橋可也＆ダンサーズ新作公演『春の祭典』　 鑑賞日：5月15日（土）15：00～...</summary>
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      <name>世田谷パブリックシアター</name>
      
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      <![CDATA[<a href="http://setagaya-pt.jp/theater_info/2010/05/post_182.html">大橋可也＆ダンサーズ新作公演『春の祭典』</a>　

鑑賞日：5月15日（土）15：00～　
女性

　シアタートラムは　何時行っても良い感じです。
風変わりな演目も多くて　三茶に住む私の　小さな自慢の種です。
外の切符売り場は、ほんの少しパリの街角みたいな雰囲気があるしエントランスホールの佇まいは何気なくて　ホールから客席までのトンネルのような通路が好きです。
出し物によっては　一昔前のテント劇場の匂いも感じられます。 


<a href="http://setagaya-ac.or.jp/kumin/edited-IMG_8472%20%E6%92%AE%E5%BD%B1%EF%BC%9DGO.jpg"><img alt="edited-IMG_8472%20%E6%92%AE%E5%BD%B1%EF%BC%9DGO.jpg" src="http://setagaya-ac.or.jp/kumin/edited-IMG_8472%20%E6%92%AE%E5%BD%B1%EF%BC%9DGO-thumb.jpg" width="300" height="200" /></a>
　　　　　　　　　　　　　　　撮影＝GO]]>
      　舞台は狭いのでしょうが　装置や美術によっては雰囲気も広さも驚くほど変わって　何度も驚かせられています。すぐ頭上の天井に並んでいるたくさんの照明装置が　私たち観客も舞台の一員であるような気にしてくれる。　肩を寄せ合うように座るベンチが　小さい舞台を囲んでいて、ここに集まった人たちは　席を詰めあって、なんとなく共犯者めいた気分で開演を待っていました。

　春の祭典は、何の前触れも無く、大橋可也さんの足音で始まりました。ミッキーマウスのアニメ　ファンタジアの一曲　「魔法使いの弟子」のイメージでしょうか？魔法使いの帽子をかぶった大？？魔法使いが、ミッキーマウス弟子に言いつけます。ダメージを受けて散らかってしまった　この街を片付けるように　と。魔法使いの弟子が腕を振り回すたびに　何本もの箒が割れて分かれて　無機質な　人　がどんどん増えていく。 

　人々は操られて　片付けごとに精を出して居たけれど、魔法使い達が目を離しているうちに怠けて無気力になったり　勝手に恋をしたり　テレビを見てサボったり　イラついて暴れたりし始める。収拾がつかなくなったので　魔法使いとその弟子は　やれやれと腰を上げ　烏合の衆である人間どもを片付け始めるのだけれど　大衆・デモクラチは力をつけ、暴力　と言う本能が炸裂。おぞましくも人を殴り蹴り倒すシーンが続いて、どういう風に終わったのでしたか・・？気を取り直した大衆が　静かに再登場して舞台は終わりました。
　
　共犯者めいた客席の雰囲気は　消えてしまったような気がしました。私の正直な感想はと言えば、　見ているのが辛かった。問題を提起する　実験的な舞台を作りたい　と言う意気や盛ん、大橋可也さんには　ご精進を期待して、レポート終わりです。
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   <title>＜区民レポーター＞もっと触れてみたいと思わせる大橋可也作品</title>
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   <published>2010-05-28T14:49:43Z</published>
   <updated>2010-06-03T02:13:26Z</updated>
   
   <summary>大橋可也＆ダンサーズ新作公演『春の祭典』　 鑑賞日：5月15日（土）15：00～...</summary>
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      <name>世田谷パブリックシアター</name>
      
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      <![CDATA[<a href="http://setagaya-pt.jp/theater_info/2010/05/post_182.html">大橋可也＆ダンサーズ新作公演『春の祭典』</a>　

鑑賞日：5月15日（土）15：00～　
女性　

　人間の身体の動きは時折「言葉」や「音」を感じさせる。一瞬の動きに釘付けになり、次に脱力する。エキストラの動きは好き勝手に動いているようで、よくみると同じ動きだったりする。振り付けなのだろうと思った後で同じ動きでも人によってこんなに違うのかと驚く。]]>
      　解釈の仕方、感じ方で違ってくるのか？観ている方は違う動きかと錯覚する。エキストラのそれぞれの動きを観るのは楽しかった。観ているうちに個々の特徴がわかって来る。これが「個性」かと思う。メインダンサーの動きはやはり美しかった。気がつくとものすごく集中して観ていた。そしていつしか聞こえないはずの音楽が聞こえ、台詞があったような気になってしまう。エキストラのダンスは観客として観ているより、参加した方が楽しいのだろうなぁと思った。あの中に入って夢中で踊ってみたい。そんな衝動にとりつかれた。魅せるダンスと楽しむダンス。その両方を体験したようだ。
　
　エキストラの踊りは公開ワークショップだと思った。何かが少しずつ開放されて行くようだ。開放の仕方はそれぞれだろうけど、舞台の上で観客に見られながら自分の殻が壊れていくのは気持ちが良いような気がする。ただ、観るのは今のわたしには少しつらかった。（これはかなり主観的です。この試みはすごいとは思います。)
　
　一番何を訴えたいのか？別に主張はないのか？頭だけで考えると次々に疑問が出てくる。だけど、結局感じることが一番大切なんだと最後には思った。大橋さんの作品は今回が初めてだったけど、もっと触れてみたいと思った。

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   <title>＜区民レポーター＞争いの中の調和という不協和音、音楽とパフォーマンスが見事に調和</title>
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   <published>2010-05-28T14:37:47Z</published>
   <updated>2010-06-03T02:23:26Z</updated>
   
   <summary>大橋可也＆ダンサーズ新作公演『春の祭典』　 鑑賞日：5月15日（土）15：00～...</summary>
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      <![CDATA[<a href="http://setagaya-pt.jp/theater_info/2010/05/post_182.html">大橋可也＆ダンサーズ新作公演『春の祭典』</a>　

鑑賞日：5月15日（土）15：00～
女性

　暗闇の中で、言葉もほとんどなく、音楽も最小限に抑えたパフォーマンスを観たのは初めての経験です。舞台が平面で客席との境目がなく、非常に至近距離で観劇できるため、とても迫力があり一体感を楽しめると感じました。


<a href="http://setagaya-ac.or.jp/kumin/edited-IMG_8936%20%E6%92%AE%E5%BD%B1%EF%BC%9DGO.jpg"><img alt="edited-IMG_8936%20%E6%92%AE%E5%BD%B1%EF%BC%9DGO.jpg" src="http://setagaya-ac.or.jp/kumin/edited-IMG_8936%20%E6%92%AE%E5%BD%B1%EF%BC%9DGO-thumb.jpg" width="300" height="200" /></a>
　　　　　　　　　　　　　　　撮影＝GO]]>
      　しかし、不協和音が鳴り響く音楽、ダンスと呼べるのかどうかわからないパフォーマンス、キャストたちの不気味な笑い声など、内容の把握は大変難しく、私には彼らのメッセージが良くわかりませんでした。ただ、舞台の左右から並んで出てくる多数の人々は対立しているように思われ、それぞれの想いをぶつけ合っているように感じられました。

　後半では、一人の青年が周りの人を次々に攻撃する場面があり、私は即座に秋葉原での連続通り魔事件を思い出して身を堅くしてしまいました。しかし、この舞台では襲われた人々が立ち上がり、逆に彼を攻撃します。その他にも多くの場面で人々が争いぶつかり合うシーンが多く、争いの中に不思議な調和が生まれていく様が恐ろしく感じられました。

　『春の祭典』という題名からは、争いの中の調和という不協和音。その意味で、音楽とパフォーマンスは見事に調和していたのかもしれません。

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   <title>＜区民レポーター＞演者との近さが楽しめたシアタートラム</title>
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   <published>2010-05-28T14:34:05Z</published>
   <updated>2010-06-03T02:18:38Z</updated>
   
   <summary>大橋可也＆ダンサーズ新作公演『春の祭典』　 鑑賞日：5月14日（金）19：30～...</summary>
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      <name>世田谷パブリックシアター</name>
      
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      <![CDATA[<a href="http://setagaya-pt.jp/theater_info/2010/05/post_182.html">大橋可也＆ダンサーズ新作公演『春の祭典』</a>　

鑑賞日：5月14日（金）19：30～　
女性　

　シアタートラムでの鑑賞は初めてでした。トラムでは、大きな舞台では味わえない演者との近さが楽しめました。

　作品自体は、言葉のない90分。コンテンポラリーダンスは、初めてではなかったのですが、今回の作品は最後までどういう意味で受け取ったらいいのかわかりませんでした。観劇後1週間たっても、やはり、わからない。おぼろげに感じたのは、都会の殺伐さでした。]]>
      　抑圧の効いた細かな動作で、劇中に出てくる小道具が次の人の動作につながったり、ダンサー同士の動きが連動したりしているのも見ながらわかりました。ところが、動きの連鎖の中で、突然、暴力性が襲ってくるのです。被害者が、次の瞬間には加害者になって、相手を責める。つながりのさきにある、細かな感情の交流は容赦なくスキップされて、暴力的なまでの激しさに変わる怖さや、怒りを覚えました。

　同じグループに所属しているように見えた人も、後からはいたぶる仲間の中に加わって、対象が次々と入れ替わる中で、それぞれのダンサーの立ち位置は揺さぶられます。結局、殺伐とした中でも、集団は集団として存在して、また消えていく。そんなふうに取れるラストでした。まだ何かあるのか？と思ったところで、丁寧に「終わりです」とひとこと告げられ舞台は終わりました。どこで終わりにしたらいいのか、この結びの言葉をもらわなかったら、それすら決められない状況。混沌は、今後もしばらく続きそうです。




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   <title>＜区民レポーター＞カーテンコールは『終わり』ではなく『始まり』</title>
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   <published>2010-05-28T14:30:06Z</published>
   <updated>2010-05-28T22:45:32Z</updated>
   
   <summary>こどもの劇場2010『狼たちの午後～Hungry Like a Wolf～』 鑑...</summary>
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      <name>世田谷パブリックシアター</name>
      
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         <category term="2010年03月＿こどもの劇場2010『狼たちの午後』（世田谷パブリックシアター）" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<a href="http://setagaya-pt.jp/theater_info/2010/03/post_176.html">こどもの劇場2010『狼たちの午後～Hungry Like a Wolf～』</a>

鑑賞日：3月26日（金）19：00～　
女性

　今回の公演では、上手は青、下手は緑、奥は赤と、原色の幕で囲まれたとてもスタイリッシュな舞台装置が印象的だった。大音量のロックンロール音楽に合わせた大迫力の群舞は爽快で、カッコイイ！の一言である。うってかわってコント部分では、そのハチャメチャな内容に、涙が出るほど笑ってしまった。

<a href="http://setagaya-ac.or.jp/kumin/100327%E5%A4%9C%E7%8B%BC_0473.jpg"><img alt="100327%E5%A4%9C%E7%8B%BC_0473.jpg" src="http://setagaya-ac.or.jp/kumin/100327%E5%A4%9C%E7%8B%BC_0473-thumb.jpg" width="300" height="199" /></a>
　　　　　　　　　　　　　　撮影=ＨＡＲＵ
]]>
      <![CDATA[　しかし一番カッコイイのはラスト。コンドルズ主宰・近藤良平氏による無音の中でのソロダンスは、一瞬たりとも見逃せない。瞬きさえできない。神経が研ぎ澄まされるような感覚になる。そして、近藤氏が鋭く息を吐いた瞬間、音楽がかかる。メンバーが続々と登場して、フィナーレの群舞。力いっぱいの跳躍に合わせるように、原色の幕が上がってゆく。

真っ白な舞台、まぶしい程の照明！最高のラスト！
と、思いきや。

舞台を囲う真っ白な幕まで落ちたのだ！舞台裏の、機材まで剥き出しである！！
これには完全にやられてしまった。ずるい。カッコ良すぎである。
カーテンコール、感動の涙で掠れた視界に、満面の笑顔のメンバーたち。それを見た瞬間、コンドルズプロデューサーの勝山康晴氏のインタビューの一文を思い出した。
『コンドルズは技術うんぬんじゃなくて、「生き様」を見せる集団だから。』

　生き様を見せる。これほどコンドルズにピッタリの言葉はない。舞台裏まで見せてしまえるほどの闇雲でガムシャラなパワーに溢れた集団、それがコンドルズである。

　今回の公演を見て、コンドルズのカーテンコールは『終わり』ではなく『始まり』であることを強く感じた。世の中には、数えきれないほどの『始まり』が満ちているのだと、教えてくれたように思う。眩しいほどの春が、すぐそこに来ている。始まりに向かって全速力で走り出してゆくパワーを貰った、春にふさわしい公演であった。

<a href="http://setagaya-ac.or.jp/kumin/100327%E7%8B%BC_0930.jpg"><img alt="100327%E7%8B%BC_0930.jpg" src="http://setagaya-ac.or.jp/kumin/100327%E7%8B%BC_0930-thumb.jpg" width="300" height="199" /></a>
　　　　　　　　　　　　　　撮影=ＨＡＲＵ



]]>
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   <title>＜区民レポーター＞邯鄲（かんたん）の夢、マクベス</title>
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   <published>2010-04-01T12:59:31Z</published>
   <updated>2010-05-28T12:31:55Z</updated>
   
   <summary>『マクベス』 鑑賞日：3月14日（日)　14：00～ 男性 　野村萬斎さんの構成...</summary>
   <author>
      <name>世田谷パブリックシアター</name>
      
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         <category term="2010年03月＿『マクベス』（世田谷パブリックシアター）" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<a href="http://setagaya-pt.jp/theater_info/2010/03/post_169.html">『マクベス』</a>

鑑賞日：3月14日（日)　14：00～
男性

　野村萬斎さんの構成・演出そしてご本人の出演ありの「マクベス」を観劇しました。萬斎さんがあたため続けてきた企画には、試行を繰り返しながらたどり着いた形跡を感じました。それにしても、シェイクスピアの戯曲は懐が深いことを感じさせてくれます。

　「マクベス」は四大悲劇のひとつですが、簡潔な言葉をもって表現する人間の心理と陰翳は、読む者、見る者を不思議な領域に連れて行ってくれます。

<a href="http://setagaya-ac.or.jp/kumin/shishitora5by%E9%9D%92%E6%9F%B3%E8%81%A101.jpg"><img alt="%E3%80%8E%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%83%99%E3%82%B9%E3%80%8F%E8%88%9E%E5%8F%B0%E5%86%99%E7%9C%9F%EF%BC%91s%20photo%20by%20%E7%9F%B3%E5%B7%9D%E7%B4%94.jpg" src="http://setagaya-ac.or.jp/kumin/%E3%80%8E%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%83%99%E3%82%B9%E3%80%8F%E8%88%9E%E5%8F%B0%E5%86%99%E7%9C%9F%EF%BC%91s%20photo%20by%20%E7%9F%B3%E5%B7%9D%E7%B4%94.jpg" width="316" height="211" /></a>

                                                   撮影=石川純
]]>
      　「国盗人」（日本版リチャード３世）のときは、演出のなかに狂言や能の手法がかぶせられていたようでした。今回のマクベスは、少し俯瞰した視点で、原作に沿って人間の悲劇性を浮き彫りにしていました。それでも私は、あの丸くそして回る舞台の背面に、能の幻影を見た気がしたのです。バーナムの森が攻めてくる最終シーン、紅色の落葉にそれらしい情趣を垣間見ました。春宵の舞台で、能楽師・狂言師が遠く行く先を見つめている、そんな錯覚でした。

　的外れな要望かもしれませんが、萬斎さんにはこれからも、原作と葛藤してほしい、そして切り開いてほしいと思うのです。マクベスへのこだわりが、分裂と融合を繰り返し、更なるエネルギーを抱えて昇華していくのでは。そのとき、萬斎さんが演じるマクベスがどう変化しているか、そこに期待がふくらみます。

　観劇を終えた後、しばらく心の沈黙が続きました。裏を返せば、それだけ今回の作品が傑作であったということかもしれません。このお芝居が海外でどのように受けとめられるか、私なりの関心のひとつです。
　邯鄲の夢とは一炊の夢と同じ意味です。マクベスも魔女にそそのかされて邯鄲の夢をみたのではないでしょうか。私自身は邯鄲の夢ではなく、演劇未来という夢を持ち続けたいと思いました。

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   <title>＜区民レポーター＞二つの意味合いでの原作とは異なる試み</title>
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   <published>2010-04-01T12:52:16Z</published>
   <updated>2010-05-28T12:32:10Z</updated>
   
   <summary>『マクベス』 鑑賞日：3月14日（日）　14：00～ 女性 　「きれいは汚い、汚...</summary>
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      <name>世田谷パブリックシアター</name>
      
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         <category term="2010年03月＿『マクベス』（世田谷パブリックシアター）" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<a href="http://setagaya-pt.jp/theater_info/2010/03/post_169.html">『マクベス』</a>

鑑賞日：3月14日（日）　14：00～
女性

　「きれいは汚い、汚いはきれい。」太鼓の音の高まりの中で対照的な言葉を重ね、お芝居の世界に誘う劇の始まりは、もはや野村萬斎ならではの妙技ともいえる。汚い魔女とまばゆい騎士と妻たち、どちらが美しくどちらが汚いのか。劇の最後、マクベスの肉体から白い純朴な花が生える。きれいは汚い、汚いはきれい。白い可憐な花を見ながら、結局美しいものは何もないのではないかと、何か問いかけられたまま答えを持たずに投げ出されたような気持ちで帰路についた。

<a href="http://setagaya-ac.or.jp/kumin/shishitora5by%E9%9D%92%E6%9F%B3%E8%81%A101.jpg"><img alt="M11-0152.JPG" src="http://setagaya-ac.or.jp/kumin/M11-0152.JPG" width="234" height="351" /></a>

                                                   撮影=石川純
]]>
      　原作マクベスは、典型的な悲劇といえよう。一人のどこにでもいるような若々しい騎士が運命という魔女の言葉に操られ、悪女の妻に誑（たぶら）かされ、身を滅ぼしていく。悲劇は見る者に、その騎士が巻き込まれていく運命の無情を共感させることで、日頃たまった不満や悲しみ、苦しみを洗い出させ、平安という日常に帰す。だが、萬斎のマクベスは二つの意味合いで原作マクベスとは異なる試みを行っているように感じた。
　
　第一が、マクベスはあまりに個性の強い役者であり、彼のえぐさは彼の妻を上回るものであったことだった。本来マクベスは、誰でもいい大根役者でもできる、ありふれた存在という演技を求める役である。だが、この劇におけるマクベスは純粋というにはあまりに才たけていて、操り人形を逸脱した個性を持っていた。だからこそ、一幅の絵にするならばゲルニカのような荒々しいどぎつさが、この劇を支配していたように思われる。
　
　この劇が普通のマクベスとは異なる要因はそれだけではない。悲劇に萬斎が付け加えた「きれいは汚い、汚いはきれい」という問いかけは、悲劇を見終わった後に感じる悲しみの浄化、平安すら我々から取り上げた。何が美しくて何が醜いのか。悲劇の最後に取り戻された平安は、またしても悲劇の始まりであるかもしれない。萬斎は、我々の価値観をどんでん返しすることで、暗澹たる絶望を我々に投げかけているように思えた。劇は時代を反映する。政権交代をしても何も変わらなかった。我々が今抱えている、先の見えない不安と失望、幻滅が、いかにも清純な白い花の中に見えたように感じた。
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   <title>＜区民レポーター＞出演者5名、肩に羽織るものだけで上手く演じ分けていく演出に感心</title>
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   <published>2010-04-01T12:35:59Z</published>
   <updated>2010-05-28T12:32:25Z</updated>
   
   <summary>『マクベス』 鑑賞日：3月14日（日）　14：00～ 男性 　2002年の「まち...</summary>
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      <name>世田谷パブリックシアター</name>
      
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      <![CDATA[<a href="http://setagaya-pt.jp/theater_info/2010/03/post_169.html">『マクベス』</a>

鑑賞日：3月14日（日）　14：00～
男性

　2002年の「まちがいの狂言」、2003年の「ハムレット」以来、久々の世田谷パブリックシアターでの観劇でしたが、青いドームの舞台設定からオープニングのナレーション、シルエットでの殺陣シーンへの一連の流れであっという間に舞台の世界に引き込まれました。

<a href="http://setagaya-ac.or.jp/kumin/shishitora5by%E9%9D%92%E6%9F%B3%E8%81%A101.jpg"><img alt="%E3%80%8E%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%83%99%E3%82%B9%E3%80%8F%E8%88%9E%E5%8F%B0%E5%86%99%E7%9C%9F2s%20photo%20by%20%E7%9F%B3%E5%B7%9D%E7%B4%94.jpg" src="http://setagaya-ac.or.jp/kumin/%E3%80%8E%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%83%99%E3%82%B9%E3%80%8F%E8%88%9E%E5%8F%B0%E5%86%99%E7%9C%9F2s%20photo%20by%20%E7%9F%B3%E5%B7%9D%E7%B4%94.jpg" width="338" height="225" /></a>

                                                   撮影=石川純

]]>
      　オープニングの「ほしのくず・・くずのほし・・」とのナレーションや、エンディングの「きれいはきたない、きたないはきれい」の台詞は、「まちがいの狂言」であった「あなたはわたしで、わたしはあなた」といった世界とつながっているのかなと思いました。演出も野村萬斎さんというのを確認して、勝手にこれも野村萬斎さんの世界観なのかなと思っております。

　また、回転する舞台が上手く使われていることや、出演者が5名だけで、肩に羽織るものだけで上手く演じ分けていく演出にも感心いたしました。

　今回のレポーター制度の運用に関してなのですが、客席を見回したところ、50代から60代の方々が多かったように見受けられましたが、若手への浸透を図るという意味で、高校生枠などもあっても良かったのかなと思いました。

　レポーターを担当させていただき、ありがとうございます。

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   <title>＜区民レポーター＞開かれた芸術・・・心に響く、伝統を受け継ぐ人の思いや呼びかけ</title>
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   <published>2010-02-21T10:07:10Z</published>
   <updated>2010-05-28T12:32:38Z</updated>
   
   <summary>邦楽コンサート　獅子虎傳阿吽堂 vol.5 鑑賞日：1月28日（木)　19：00...</summary>
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      <name>世田谷パブリックシアター</name>
      
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         <category term="2010年01月＿獅子虎傳阿吽堂 vol.5 （世田谷パブリックシアター）" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://setagaya-ac.or.jp/kumin/">
      <![CDATA[<a href="http://setagaya-pt.jp/theater_info/2010/01/vol5.html">邦楽コンサート　獅子虎傳阿吽堂 vol.5</a>

鑑賞日：1月28日（木)　19：00～
女性

　「宴」では、暗い空間から強い照明で浮かび上がる太鼓と奏者の迫力に息をのみました。明と暗の差が激しい舞台の上で太鼓を打つ筋肉の動きがくっきりと見え、腹に響く音も相まって遠近感がだんだんと消えていくような錯覚を受けました。目と耳と腹、体の中心に集まってくるような響きを太鼓が持っている事を改めて体感できたと思います。

<a href="http://setagaya-ac.or.jp/kumin/shishitora5by%E9%9D%92%E6%9F%B3%E8%81%A101.jpg"><img alt="shishitora5by%E9%9D%92%E6%9F%B3%E8%81%A101.jpg" src="http://setagaya-ac.or.jp/kumin/shishitora5by%E9%9D%92%E6%9F%B3%E8%81%A101-thumb.jpg" width="199" height="300" /></a>

                                                   撮影=青柳聡
]]>
      　そして反対に、「老松」「高砂」での明るい空間はゆったりとした動きに合っていると思いました。ただ舞台全体が見えるため、色や装置がほしいという気もしました。

　レクチャーはとても良い効果があると感じました。
伝統芸能に対して門外漢であるため、私は当日とても緊張していました。しかし、あらすじや企画のねらい、演者の思いなどの鑑賞のポイントの解説と、演者達の語りによって観衆の心が開かれていくのを感じたのとで、自然と肩の力を抜いて席に座れていた事に気付きました。それは、素人にはとてもありがたい事です。

　「高砂」の合唱は面白い企画でした。ある道の名人から、一緒にやってみようと誘われることは滅多にないことなので、観衆の印象に残る舞台になったと思います。そしてその謡を説明している時の、以前から比べるともう謡われなくなった　とか　自分が日本人であることを改めて感じてほしい　という発言も心に響くものであったと思います。日本の伝統を受け継ぐ人々の、直接の思い、呼びかけを聞くことは大切で、もっと盛んに行われて良いと感じました。

　この演目を見て強く感じたものは、開かれているという事です。芸術はこういった姿勢を基本としなければならない面もあると思いました。ありがとうございました。

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   <title>＜区民レポーター＞おめでたい演目を堪能、舞台の様子からは想像しがたいチャーミングな一面も！</title>
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   <published>2010-02-21T09:58:17Z</published>
   <updated>2010-05-28T12:32:50Z</updated>
   
   <summary>邦楽コンサート　獅子虎傳阿吽堂 vol.5 鑑賞日：1月28日（木)　15：00...</summary>
   <author>
      <name>世田谷パブリックシアター</name>
      
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         <category term="2010年01月＿獅子虎傳阿吽堂 vol.5 （世田谷パブリックシアター）" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://setagaya-ac.or.jp/kumin/">
      <![CDATA[<a href="http://setagaya-pt.jp/theater_info/2010/01/vol5.html">邦楽コンサート　獅子虎傳阿吽堂 vol.5</a>

鑑賞日：1月28日（木)　15：00～
女性

　「獅子虎傳阿吽堂」をはじめて拝見いたしました。
　亀井広忠さん、田中傳左衛門さん、傳次郎さんの三兄弟と、太鼓の林英哲さん、お能のシテ方観世喜正さん、そして歌舞伎の片岡愛之助さんという通常の舞台ではなかなか一度にお目にかかることができない出演者の皆さんが大変魅力的で、とても楽しみにしておりました。

<a href="http://setagaya-ac.or.jp/kumin/shishitora5by%E9%9D%92%E6%9F%B3%E8%81%A102.jpg"><img alt="shishitora5by%E9%9D%92%E6%9F%B3%E8%81%A102.jpg" src="http://setagaya-ac.or.jp/kumin/shishitora5by%E9%9D%92%E6%9F%B3%E8%81%A102-thumb.jpg" width="300" height="199" /></a>

                                                   撮影=青柳聡
]]>
      　「邦楽」というとお能や歌舞伎の囃子方としてしか、あまり馴染みがなかったのですが、このコンサートの「レクチャー」というコーナーでは、トークを通じてお一人お一人の個性やキャラクターが全面に出されています。まずは、三兄弟がとても仲良さそうに登場してくる場面に好感がもてました。彼らがホストとなりゲストを紹介していきますが、ボケとツッコミ（？）のような要素もふんだんに、それぞれの舞台でのお姿からはちょっと想像しがたい、とてもチャーミングな一面を見た思いです。三兄弟の人柄が、ゲストも観客も温かく和やかな雰囲気で包み込みます。

　林英哲さんは「（今回のメンバーの中では）ちょっとアウェーな感じではありますが、がんばります」と、片岡愛之助さんは「（素踊りのため）素顔で舞台に出るのは恥ずかしい。できれば顔だけでも白く塗りたい」とコメント、観客の笑いを誘い会場を湧かせました。その後、観世喜正さんの「高砂」のレクチャーがあり、客席も一緒になっての大合唱。観世喜正さんは教え方もお話も大変お上手で驚きました。観客参加型の楽しい時間でした。

　続いて、林英哲さんの「宴」、観世喜正さんの「高砂」、片岡愛之助さんの「老松」の舞台は、トーク中の一面とはうってかわり、厳かで大変な迫力を感じました。新年にふさわしいおめでたい演目を堪能いたしました。
　
　邦楽に特に詳しくない私ですが、今回のコンサートで大変興味をもちました。このような世田谷パブリックシアターならではの公演を、これからも続けていただけるようお願い致します。このたびはありがとうございました。また、劇場にうかがいたいと思います。

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   <title>＜区民レポーター＞気分晴れやか、明日からの人生にエネルギー。恐るべし、妙―ジカル！　</title>
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   <published>2010-02-19T10:14:15Z</published>
   <updated>2010-02-19T10:29:04Z</updated>
   
   <summary>シアタートラム　ネクスト・ジェネレーション vol.2 FUKAIPRODUCE...</summary>
   <author>
      <name>世田谷パブリックシアター</name>
      
   </author>
         <category term="2010年01月＿シアタートラム ネクスト・ジェネレーション vol.2" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://setagaya-ac.or.jp/kumin/">
      <![CDATA[シアタートラム　ネクスト・ジェネレーション vol.2
<a href="http://setagaya-pt.jp/theater_info/2010/01/fukaiproduce.html">FUKAIPRODUCE羽衣 『あのひとたちのリサイタル』</a>

世田谷区芸術アワード“飛翔”2008受賞者公演

鑑賞日：1月31日（日)　19：00～
男性

　「妙―ジカル」。このヘンテコなキーワードとの出会いが、まさに僥倖だったと言うしかない。観に行く演劇の選択基準が、「有名な俳優もしくは演出家のもの」、あるいは「有名な作品」である私にとっては、通常であれば全く出会うことがなかったFUKAIPRODUCE羽衣作品。ただ、「妙―ジカル」というその妙な響きに惹かれ、今回の応募に至った。

<img alt="fukaiproducehagoromo_anohito_1.jpg" src="http://setagaya-ac.or.jp/kumin/fukaiproducehagoromo_anohito_1.jpg" width="326" height="216" /></a>

                                                   撮影=田中流
]]>
      　青を基調としたサイケデリックなプールのような床に、顔の所がくり抜かれている9つの人物画。その後ろにはドラム、ベース、ギター。「人生を春夏秋冬になぞらえて描く物語」というありがちな紹介とは裏腹に、桟敷席に囲まれた舞台は不可思議な空間を作り出し、立ち見客であふれた場内は、期待と熱気であふれていた。

　真っ暗な中での開演。セリフのみで始まる舞台は珍しくないが、それが10分くらい(？)続くとなると別だろう。暗闇の中で複数の男女が、エッチな会話を紡いでゆく。生を受けるための儀式が済み、双子の画家が『あのひとたちのリサイタル』と称する、名も無い人々の人生を振り返っていく物語が始まる。　

　演出の糸井氏はそれを「短編集のような」と表現していたが、春夏秋冬それぞれになぞらえて描かれる人々の営みには波乱万丈なストーリーが無くとも、淡々と舞台と客席を走り回る男性が人生という大きな時の流れを表現しつつ、舞台上で繰り広げられる数々の歌と踊りとドラマが、笑いと切なさを纏って心に沁み入ってくる。　　

　一番無邪気で楽しい春からスタートし、重苦しい夏、孤独な秋、終わりの冬へと続く物語は、本来であればかなり重たい印象になる筈なのに、2時間20分があっという間に感じられ、鑑賞後の気分が何故か晴れやかになり、明日からの人生にエネルギーをもらった気持ちになれた。　恐るべし、妙―ジカル！　

　時が経てば演出も変わるだろうし、逆に自分が年をとれば、感じ方が変わる作品だと思うので、是非いつかまた再演して欲しい。

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   <title>＜区民レポーター＞役者の台詞に力と時代の空気がバランスよくある、メジャーな劇団にはできない冒険</title>
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   <published>2010-02-19T09:54:34Z</published>
   <updated>2010-02-19T10:30:04Z</updated>
   
   <summary>シアタートラムネクスト・ジェネレーション vol.2 演劇ユニットG.com『闘...</summary>
   <author>
      <name>世田谷パブリックシアター</name>
      
   </author>
         <category term="2010年01月＿シアタートラム ネクスト・ジェネレーション vol.2" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://setagaya-ac.or.jp/kumin/">
      <![CDATA[シアタートラムネクスト・ジェネレーション vol.2
<a href="http://setagaya-pt.jp/theater_info/2010/01/gcom.html">演劇ユニットG.com『闘争か、逃走か。』</a>

鑑賞日：1月24日（日)　19：00～
女性

　時折、小劇場へ足を運ぶ私の周りにも「トラムで演りたい」と望んでいる演劇関係者が多く、とても期待して出かけた。

　演劇ユニットは劇団ではなく、作品ごとにキャストやスタッフ等が集合して作られる。
最初に「メンバーありき」ではなく「作品ありき」で作られるところが面白い。

<img alt="tosotram_494.jpg" src="http://setagaya-ac.or.jp/kumin/tosotram_494.jpg" width="311" height="211" /></a>

                                                   撮影=栃木香織]]>
      　浄水器のセールスマンが迷い込んだ「村」は、携帯電話の電波も届かずバスも来ない孤立状態。まるで未来を見てきたかのような謎の村長や研究所の博士の発言に翻弄され、ちっとも帰れないセールスマンは不条理に対する怒りと焦りで疲労困憊する。

　高さのあるトラムの舞台を生かした階段の向こうから、村の人々は現れては消える。セールスマンは舞台手前の小さなアウトドア用テントで途方に暮れる。そして村長の予言通り村に隕石が落ち、それを機に人々は変貌を遂げるのだ。

　孤立した村は私たちの閉塞した社会かもしれない。
価値観も当たり前だと思っていることもあきらめていることも、すべては絶対ではなく、実はいとも簡単に隕石ひとつでひっくり返るのだ。
「闘争」に勝てば幸せになれるのか。
「逃走」すればその先に楽園があるのか。

　上演前に流れる音楽も劇中に流れる音楽も若いセンスが軽やかで素敵だ。
役者の台詞に力と時代の空気がバランスよくあること、メジャーな劇団にはできない冒険ができるのが若手の強みだと思う。
村長（河原崎次郎）さん、いい味出していてこの続きが観たくなりました！

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   <title>＜区民レポーター＞カテゴリーをひらりと軽く飛び越えてしまう自由なファイファイ</title>
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   <published>2010-02-19T09:47:14Z</published>
   <updated>2010-02-19T10:28:26Z</updated>
   
   <summary>シアタートラム　ネクスト・ジェネレーション vol.2 快快（faifai）『イ...</summary>
   <author>
      <name>世田谷パブリックシアター</name>
      
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         <category term="2010年01月＿シアタートラム ネクスト・ジェネレーション vol.2" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://setagaya-ac.or.jp/kumin/">
      <![CDATA[シアタートラム　ネクスト・ジェネレーション vol.2
<a href="http://setagaya-pt.jp/theater_info/2010/01/post_170.html">快快（faifai）『インコは黒猫を探す』</a>

世田谷区芸術アワード“飛翔”2008受賞者公演

鑑賞日：1月20日（水)　19：00～
男性

　「希望とか絶望なんかより、体力のほうが私を救うー」
そうパンフレットにもあるように、とにかく元気で、つきぬけていて！元気になれる舞台でした。
]]>
      　話は、２匹のインコを飼う男性の家に遊びに行く友人が、３年前も同じような事があったなと回想するところから始まります。やがて過去と現在が一つの舞台上でクロスして行く…。同一人物の過去と現在を２人の役者が演じ分け、２匹のインコも役者さんが担当するのだけど、こちらは現在も過去も１匹ずつ。そんな多少荒削りな進行のため、細かくストーリーを追う事は難しかったのですが、斬新な演出のおかげで気にせず充分楽しめました。

　空手の瓦割をしたり、小麦粉やサラダオイルを体に塗ったり…。限られた空間をめいっぱい使って「表現する」事を楽しむ彼ら。役者のほうから演出へ「こんな事をしたい」と提案することも多くあるというほど、その動きは独特で目を引く。真ん中にある可動式の舞台に飛び乗るなどダイナミックな大道具の使い方も初めて見ました。

　舞台は最後、暗転。インコが雑誌を破る音だけが響く静かなシーンで終わります。動の部分ばかりクローズアップされた演出だったため、終わり方が印象的でした。

　演劇、コンテンポラリーダンスというカテゴリーをひらりと軽く飛び越えて行ってしまう自由なファイファイのこれからにぜひ期待したいです。

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   <title>＜区民レポーター＞舞台のはかなげな楽しさが、ふっと貴重で切実なものに思える</title>
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   <published>2010-02-19T09:41:59Z</published>
   <updated>2010-02-19T10:29:38Z</updated>
   
   <summary>シアタートラム　ネクスト・ジェネレーション vol.2 快快（faifai）『イ...</summary>
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      <name>世田谷パブリックシアター</name>
      
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         <category term="2010年01月＿シアタートラム ネクスト・ジェネレーション vol.2" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://setagaya-ac.or.jp/kumin/">
      <![CDATA[シアタートラム　ネクスト・ジェネレーション vol.2
<a href="http://setagaya-pt.jp/theater_info/2010/01/post_170.html">快快（faifai）『インコは黒猫を探す』</a>

世田谷区芸術アワード“飛翔”2008受賞者公演

鑑賞日：1月20日（水)　19：00～
男性

　シアタートラムの建物に入ったときから、作品はもう始まっている。ロビーには舞台となった長原の模型が置かれ、客席への通路には作品に関係するオブジェが吊り下げられている。そしてステージの壁には長原の風景やインコの映像、床にはリモコンで動くインコの模型。観客はそれらを見たり見なかったり、友人と話したりしながら開演までの時を過ごす。そのくつろいで開放された感じが保たれたまま、作品は始まる。
]]>
      　劇とその前後の時間、劇場とその外の空間などいろいろな境界に風を通し自由に行き来できるようになっているのが、快快という空間なのだろう。

　作品は、ある記憶を再生しようとする試みといえる。それは長原に住む一人の若者の三年前の日々だ。可愛がっている二羽のインコ、家の近くにいた黒猫、訪れる友達。猫はもういない。しかしインコは、猫がいつも座っていたあたりを今でも探すように眺めている。変わらないものと消えてしまったもの。しかし覚えていれば、今ここに再現することができる。

　いや呼び出すまでもない。人間は記憶とともに生きているのだから。今現在、さまざまな過去の時も同時に流れている。作品の中でも、二つの時間は次第に交じり合っていく。この舞台では同じ人物の今と三年前を別の人が演じているのだが、その両者が同時に存在して会話したりしだす。

　この三年の間、世界では大変なことがいくつも起こった。しかし登場人物たちが再び生きるのは、何ということもない出来事だ。だからこそ、それを思い出すのが愛おしいのだろう。この開かれた空間は、一方では多くのことを排除してもいる。ここにないもののことを考えると、舞台のはかなげな楽しさがふっと貴重で切実なものに思えてきた。

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